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2018-07-28

「コーヒーを通して、皆さんがスキルを活かし活躍するお手伝いを。そのための自分でありたい。」Nobuさん 前編

インタビュー第13回。

ラテアート世界チャンピオンで、現在 Superrandom というカフェでバリスタをなさっているNobuさん。

お仕事はコーヒーを作るだけにとどまらず、レッスンやカフェ関連のプロデュース等幅広い分野に及んでいます。

そんなNobuさんに、興味深いライフストーリーをお話しいただきました。

運命のドトールに就職。店長として自分に一切妥協の無い日々。

Nobu(以下N):大学の時にいざ就職活動スタート!となった際に、自己分析をした結果『僕は実力主義の会社で働きたい』と思ったんです。それから、いろんな業種の企業の面接を受けた中でも一番自分に合ってると感じたドトールに就職させていただきました。他の企業とも迷い、母の勧めで占いに行ったのですが、『ドトールの方に星マークが出てる』と言われまして、それでドトールに決めました。(笑)

私は西日本エリアの大阪の配属だったのですが、入社してすぐに広島へ異動しました。広島県のメインストリートにある店舗だったのですが、売り上げも良く他の店舗の見本になれるような魅力的なお店でした。住んだこともない他県への異動は少し不安もあったのですが、”広島に行くと出世街道に乗れる”という噂も私の背中を後押ししてくれ、部長との面談をパスし異動させてもらえることになったんです。

そこの広島の店長がすごくできる方で。

大変だったんですが、店長がどうやって売り上げを作っているか、どうやってスタッフの管理をしているのか、など全て毎日自分のノートにメモして過ごしました。

自分の仕事に一切妥協したくなかったので、月の半分くらいは深夜2,3時まで働いておりました。今となってはただ仕事が遅かっただけなのかもと思います。(笑)

一年後私が店長となり運営を指揮したのですが、その前任店長の売り上げをクリアすることができました。その額は前年比で+500円。牛丼一杯くらいなんですが、すごく嬉しかったですね。

コーヒー一杯のクオリティを上げなければ、お客さんは来ない。

Tomo(以下T): その時はコーヒーを作ったりはしてなかったんですか?

N: その時のコーヒーマシーンは、カプチーノだったらカプチーノのボタン、カフェラテだったらカフェラテのボタンを押すっていうようなマシーンだったんです。なので、ラテアートとか、ミルクをスチームするとか、エスプレッソの粉を詰めるなどの作業は、全くやってなかったです。

いかにお客様の席を用意するか、フードをちゃんと陳列させるか、そのための発注、スタッフの採用、そういう事を中心にやっていました。

25歳くらいで西日本エリアのマネージャーに昇格させていただきました。ドトール内でも一番早かったと思います。数字の管理や、新卒社員の教育担当などもしたのですが、結局コーヒー一杯のクオリティを上げなければ、お客様は来ないと思ったんです。

そんな時にドトールの旗艦店舗である銀座店が西日本から店長募集していたんです。

銀座の一等地に位置し、ドトールの広告塔であり、社内に対しては全国の見本となる店舗でした。お客様は一日2000名。とても忙しい店舗ではあるけれど、コーヒーの作り方を覚えられるし、旗艦店であればマネージャーの職を降りても成長できると思い、店長として移動させてもらいました。

ここで提供するコーヒーは絶対にクオリティを保たなければならない、お店の清潔さ、接客、商品の陳列の美しさ、すべてが全1100店舗の見本とならなければならない。だから、コーヒーを作る人も限られていました。エスプレッソマシーンも他のお店にあるボタンを押すだけの全自動のマシーンではないセミオートのマシーンだったのです。

店長はドシンとしとけばいいって言ってくれるスタッフもいたのですが、やっぱり店長であるならば、僕もコーヒーを作れるようにならなければならない、と。

着任後一週間くらい、仕事が終わった後や休日に研修室をかりて練習しました。そうすると、奇跡的にある程度できるようになったんです。

T: スタッフは何名くらいいたんですか?

N: 11名くらいいたんですけど、コーヒーのポジションには2、3人です。

結構忙しいお店だったのですが、スタッフが築き上げた生産性の高いオペレーションがあり、すごく洗練されてて無駄がなかった。だからその人数でも運営出来たんだと思います。

毎日2000人くらいのお客様がいらっしゃるので、コーヒーを作る数も多かったんですね。とは言っても、お客様にお出しするコーヒーなので、泡の量とか、自分のやりたいラテアートなんかはできないですけど。

その時はホットココアもロイヤルミルクティーもスチームでミルクを温めるので、僕はコーヒーと同じように作っていました。それが早く習得できた要因の一つではないかと思います。

世界大会出場で衝撃。井の中の蛙大海を知る。

N: 1年も経たない内に、スタッフの一人が、ラテアートの海外の大会があることを教えてくれたんです。それで、申し込んだら運良く通ったんで、サンディエゴの大会に行きました。それが1回目の大会でした。

色々な国から64人参加してて、日本人はその当時4人くらいでした。

その時は大会2戦目で負けました。だけど、すごく楽しかったんです。

その時会ったのが、マレーシアのユアン フェン。

彼と対戦して僕が勝ったんですが、聞いたら、彼はまだ19歳。自分の店を持ってて、イギリスに留学していました。

もう一人は、その大会で2位になった、香港出身のブルーノ クー 。

彼は16歳くらいからストリートにコーヒーマシンを置いて、コーヒー販売をしていました。当時は21歳くらいで、カフェで働きながら、チームを作ってコンサルティング会社もやっていたんですよ。

同じアジア人で、若い彼らが頑張っている姿を見て、すごく刺激を受けました。「あぁ、僕はこのままでは死ねない。」この日海外に行くのを決意しました。

日本に帰り、すぐにワーキングホリデービザを申請したのを覚えています。

 

閉店時間が早いメルボルンのカフェに衝撃。

T: 最初こちらに来たときに、仕事はスムーズに見つかりましたか?

N: こちらに誰も知り合いがいなくて。日本人バリスタの第一人者、Market Laneのトシさんに会いに行ったんですけど、カフェが2時半とか3時半で終わるの知らなくて…。(笑)

行ったら、閉店してました。(笑)

二日目に行ったら、マーケットが休みで。(Market Laneは、Prahran Market内にあるため。)

三日目、2時34分に着いたのですが、トシさんが2時半までの出勤でお会いする事ができませんでした。(私が出勤時間を確認すればよかったのですが…涙)

で、ふらふら Windsor まで歩いて行ったんです。

Cisco’s という老舗の豆屋さんがあるんですが、そこに入って、ミルクジャグとか見てたんですね。ゆっくりしてたら、5時前だったんで、閉店したい空気がすごく出てまして。今更「何か仕事ある?」って聞けなくて…。(笑)

そうしたら、そこのオーナーが、「ジャグ欲しいの?」って聞いてきて。

「いや、見てるだけだから。ありがとう。」って行こうとしたら、「バリスタなの?」とか、「何でこっちに来たの?」とか聞いてくれたんです。

「忙しい店で働いて、コーヒーも作っていたけど、一杯のクオリティを上げないと会社の繁栄は無いと思って、こちらに勉強しに来たんです。」って言ったら、「じゃあ、マシーンがあるから、ちょっと作ってみて。」って言われて。

鞄の中に入れてた自分のミルクジャグ出して、色々作りました。

実力を認めてくれて、 Brighton にある、卸先の Olie & Ariというカフェを紹介してくれたんです。

Olie & Ari でトライアル。気付いたら5時間半働いていた。

N: 次の日にそのカフェにトライアルに行って、コーヒーを作りました。そのうちに、お店がす~ごく忙しくなり始めて…。

その日、キッチンの人が急遽休んでて、オーナーがキッチンに入らないといけないっていうんで、ちょっと待っててって言われまして。

30分待っても出てこない。これはちょっとまずいなって思い、バリスタの人も忙しそうだったんで、「勉強したいから、もしよかったら手伝わせてくれない?」って言って手伝ったんです。

気付いたら5時間半くらい働いてました。(笑)

僕は勉強させてもらったと思って、お礼を言って帰ろうとしたら、その日のお給料をくれたんです。で、次の日から働かせてもらうことになりました。

T: お~~。すごい!その時の英語力はどうだったんですか?お話しを伺っていると、お店の人と結構コミュニケーションできてますよね?

N: 全然できないです。

最初 Froth(フロス:泡)が Frog(フロッグ:カエル)にしか聞こえなくて。

指さし会話帳を持って行ってたんですけど、働いてるときは忙しいので、指さす暇なくて。(笑)

エスプレッソのショット数は覚えて、何でこうなるのかは書いてもらいました。

キッチンのシェフに気に入ってもらえて、彼がABCから発音を教えてくれたり。

そうやっていろんな人に助けてもらいながら覚えて行きました。

同僚一気に退職。ある日いきなりバリスタ自分一人に。

N: 他のバリスタのシフトがどんどん減っていく代わりに、僕のシフトがどんどん増えていったんです。辛いですけど。

ある日、オーナーから朝6時半に入ってって言われました。しかも駅までオーナーが迎えに来てくれて。

何があったんだ?って思っていたら、「バリスタ3人辞めたから、今日からノブ一人だよ。」って言われて。(笑)

それを機に、味を一つずつ確かめて、レシピをすべて見直しました。

今までは、ドリンクの作り方が人によって違うことがあったので良い機会でした。

ただ今まで2名のバリスタがやったいた事を、自分一人でするには食器などを洗っている暇が無くなるのでカップなどの備品を購入して欲しいとオーナーに伝えました。どの備品がいくつ必要か、またその備品を購入するための金額はいくらか、それを購入するためのお金は、レシピの統一から算出した利益でまかなえることも伝えました。

豆の焼き具合も希望を豆屋さんに言いました。

T: かなりドトール時代の経験が生きてますよね!

N: かなり。

経費を抑えるだけでなく、お客様に安定して同じものを届けることの大切さをドトールで学びました。

おわりに

いかがでしたか?

彼の手にかかれば、不可能なラテアートはないのでは?と思わせるほど、クリエイティブなラテアートをまるで魔法のように、あっという間に作ってしまうNobuさん。

そして、向上心があって、かなり仕事ができる方!

話し方がとっても優しくて、それが彼の魅力の一つでもあるな、と思いました。

インタビュー後編は、現在の職場 Superrandom オープンまでのお話、Plus Nobu のビジネス展開とその根底にある想いや夢について伺いました。

インタビュー後編もお見逃しなく!

そして、Nobuさんに会ってみたい!コーヒーを飲んでみたい!という方は、ぜひカフェへ。

Superrandom
416 New Street, Brighton VIC

レッスンやコンサルティングに興味のある方はこちら。
https://www.facebook.com/plus.nobu

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バリスタブログ
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